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ASD(自閉性スペクトラム症)の小児の歯科治療の実際
ASD(自閉症スペクトラム症)は、おそらく歯科治療で最も困難を伴う障がいです。
歯科治療のために行動調整だけでは困難で、鎮静や全身麻酔が必要な場合が少なくありません。
原田歯科に紹介されてくるお子様は、診療台に座ることが困難で、口を開けて口腔内診査を行うことも難しい状態です。
紹介元の歯科医師も、何度も来院して治療台に座る、口を開ける、口腔内診査を行う、歯みがきをするなどトレーニングを行いますが、実際治療を行うとなると激しく暴れてしまったり、パニックを起こしてしまい治療困難とされます。
幼児や知的障害などを伴うASDの子たちは、感覚の過敏性(特に聴覚や触覚、味覚)や新しい環境や行動になれることが不得意などの特性があり、結果として歯科治療がとても苦手です。
その理由は、自分がASDの子たちの立場になってみるとよりわかりやすくなります。
感覚の過敏性というのは、例えば掃除機の音は健常な方にとっても不快ですが、それが10倍の音量で耳元で発生したらどうでしょう。耳をふさいでその場から逃げ出したくなるはずです。
歯みがきペーストの味が、いつもより10倍濃い味だったら、口の中に巨大な注射器を入れられたり、歯科治療の椅子が拷問台のように見えたらどうでしょう。きっと吐きそうになるでしょう。
普段生活している安心できる場所と違い、歯科は苦手なものがいっぱいで、何が起こるかわかりません。逃げ出したくなる場所です。
ただ、感覚としてはそう感じますが、実際はその一つ一つを乗り越えていくすべはないわけではありません。
聴覚に関しては、イヤーマフ(防音のためのヘッドフォン)をしたり、味覚は苦手な味のものを避けるか、味がないものを選ぶ、触覚は小さいものから少しずつ大きいものへ慣らしていく(スモールステップ)である程度乗り越えることができます。
不安や恐怖は、実際体験してみて「なんでもなかった」という体験を繰り返し行うことでハードルはある程度低くなります。
持論ですが、ASDだからと言ってご両親がそういったトライをさせず、困難を避けてばかりいると、失敗をすることはありませんが、お子様の貴重な体験や発達の機会を失います。
「彼は失敗することはなかった、何もしなかったから」ということになりかねません。
現実問題、ASDのお子様で、初診来院時にすでに複数の中程度以上の齲蝕(むし歯)がある状態で来院される場合が少なからずあります。
その傾向が強いお子様の場合、時には年齢を問わず
①治療の椅子に座ること
②口腔内を診察する
など基本的な痛みを伴わない行為さえ逃避してしまうため行うことはできません。
そのため、今後の歯科治療の必要性を想定して、保護的な支持具であるレストレーナーを受け入れてもらうことが今後歯科的な管理をする上で非常に重要になります。
歯科の治療台に横になる代わりに、レストレーナーに横になるだけです。
原田歯科では、まず初めに行うトレーニングはレストレイナーに寝る練習です。
寝たら終わりです。
その次は、レストレイナーに寝て、歯みがきの練習です。
寝て、歯を磨いたら終わりです。
このようにしてレストレイナーに寝ることが何でもないことを体験して記憶してもらいます。
レストレーナーは、治療の際に体動が原因で、事故が起こらないために使用するネット付きのベッドです。
クルマでいうとシートベルトのようなものです。
シートベルトも昔は、子供が嫌がるからつけないとか、可哀そうなどというドライバーもいましたが、安全に対する認知度が上がり、さすがに現在はそのようなことをいう方はほとんどいなくなりました。
それに比べると、歯科のレストレーナーは、以前のシートベルト以下の認知度です。
下手をすると、虐待にされかねません。
ただ、痛みで毎晩泣いている子やさらに進行して口の中がボロボロになっている子の歯科治療は、いつか誰かがしなければいけません。
レストレーナーに横になること自体は痛みを伴わない行為ですが、レストレーナーを使用した状態で痛み刺激を与えると
レストレーナー=痛み刺激という学習をするようになります。
そのためレストレーナーを受け入れるにあたって痛み刺激のない口腔内診査、介助歯磨きなどを繰り返し行い
レストレーナー= 痛みのない刺激
ということを学習することが必要になります。
初診時にむし歯がなく、検診、予防処置だけのお子様の場合は、レストレーナーの受け入れはスムーズなのですが、歯科治療がいきなり必要な状態で来院されるASDのお子様の場合そのような学習の時間が取れません。
そのため、歯科治療が自発的に難しいと判断されたお子様の場合、
一番望ましいのは、
①治療に関して時は、むし歯の進行止めや痛み止めなで一時的にしのぎ、レストレーナーの条件付けを可能な限り繰り返してから、レストレーナー下での治療を行う。
歯科治療の緊急性が高い場合は、
②一番避けたいケースですが、学習なしでレストレーナーを使用します。
その場合、治療後も「レストレーナー=痛みのない刺激」を学習するために、介助歯みがきなど痛みのない行為でレストレーナーの条件付けを繰り返していきます。
③薬理学的な行動調整(鎮静や全身麻酔)で歯科治療を行います。
最近は、原田歯科でも体重が20kg以上または10歳以上のASDの子たちは全身麻酔や鎮静で治療を行うことが多くなりました。
その後、発達年齢が上がり、自発的に歯科治療が可能になるお子様の場合は、レストレーナーなし(通法)に切り替えます。
上記の内容をご理解して頂き、ASDのお子様で、
初診来院時にすでに複数の中程度以上の齲蝕(むし歯)がある、拒否の強い発達障害のお子様の場合は、保護者の方にレストレーナー使用に関する同意をいただきたいと思います。
とはいえ、同意がいただけない場合も当然ありますので、そのような場合は以下のように対応しています。
短期間には自発的な歯科治療の受け入れは困難なため、月1回、15分間程度で可能な範囲での口腔内診査、介助歯みがき(可能であれば、フッ素やむし歯の進行不止めの塗布)などを繰り返していきます。
これらを繰り返しても、むし歯発生を4割程度減少させることはできますが、むし歯ができなくなるわけではありません。
緊急に治療が必要な場合、体動調整はレストレーナーを使用いたします。(人手による抑制は危険を伴うため、当施設では行いません。)
このように治療の時だけレストレーナーを使用すると、
レストレーナー=痛み刺激
と、学習してしまい、レストレーナーや歯科治療に対する拒否や逃避行動が一層強くなる場合があります。
その点、ご了承の上ご判断してください。