歯科における末梢神経損傷
歯科の小手術などで、傷つけると患者様のQOLに大きな影響を与えてしまう末梢神経として下顎神経の枝の舌神経と下歯槽神経の2つがあります。
舌神経は、智歯(親知らず)の舌側を走行しているため、不用意に舌側歯肉の剥離をした場合などに損傷の危険があります。舌神経は、舌前方の2/3の知覚(味覚、触覚、温覚、痛覚)をつかさどる神経でこの神経が切断されると、切断された部位より末梢側はおおよそ1ヶ月程度で変性を起こします。当然その部位から、末梢の刺激は伝わらなくなっているため、知覚麻痺が起こります。舌神経の場合は、神経の末端にある味を感じる味蕾も結果的に変性を起こし消失していきます。
一方、切断されて部位においては、細い神経の枝(スプラウトといいます)ができ切断された末梢側の神経を捜そうとしますが、歯科で起こるような神経切断の場合、接合できることは難しく結果的にスプラウトや神経を覆っていた鞘の組織(シュワン細胞)、結合組織などが塊をつくり、神経腫を作ります。
神経には、ナトリウムチャンネルという刺激を伝える受容体がありますが、これが少しずつ中枢側から神経腫に向かって送られてきます。ナトリウムチャンネルは、半減期が、1-3日ですが、切断後も生き残った神経細胞で作られ神経腫の部位に集積してきます。過剰なナトリウムチャンネルの存在は、軽微な刺激や、刺激がなくとも興奮を起こし、痛みを起こします。過去に手術や怪我をした部位を押すと痛みが出ることがありますがそれはこのような理由からです。
もうひとつやっかいなのが、神経腫などに本来は存在しなかったノルアドレナリンの受容体ができてしまうことです。ノルアドレナリンは、交感神経が興奮すると放出されるため、交感神経の反応があこるたびに痛みが発生してしまいます。これに対しては、ペインクリニックなどで交感神経の興奮を抑えるため、星状神経節ブロックが行われています。有効な治療法ですが、一定期間の繰り返しが必要です。
神経損傷が起こった場合、まず、ビタミンB12製剤(メチコバールなど)やATP製剤が処方されます。その後、交感神経ブロックを行います。現在、神経の再建なども行われているようですがどちらかというと研究段階で、成績もまちまちのようです。
このように神経因性の疼痛は治療がとても難しく、患者さまの苦痛も大きなものがあります。痛みを止めるために、新薬もいろいろ出てきています。プレガバリン(商品名 リリカ)、トラマドールとアセトアミノフェンの配合剤(商品名 トラムセット)などもありますが、著効とまではいかないようです。顎顔面痛専門医やペインクリニック専門医に早い段階で紹介するべきです。
私たちとしては、神経損傷を起こさないように解剖的な知識をもち、安全に治療を行うしかありません。舌神経などは、軟組織内を走るため、CTなどで位置を確認することは難しいですが、下歯槽神経などは骨内を走行しているため、CTで充分位置を確認できます。手術前に充分な下調べはしすぎるということはないのだと思います。